2026.03.14
文化史から見る西洋人と靴
先日のコラム「文化史からみる日本人と靴」ではこんな話題を提起して終わっていました。
“西洋から入ってきた(革)靴文化、そこから少しだけ“原点”回帰と言わんばかりの新しい靴が入ってきたのも、また西洋からでした”

幕末、明治期に西洋から日本に入ってきた革靴は当初、国策としての西洋化の流れで突如人々の生活に入ってきた異質なものでした。それまで、草履、下駄、雪駄など開放的な「はきもの」に慣れていた日本人にとって、革靴は「窮屈な足の入れ物」であり、決して快適とは言えない代物でした。
当時は富裕層や軍人に履かれていた革靴ですが、戦後の高度経済成長のなかで会社員の人口が増加し、「ビジネスシューズ」として大衆化していったと考えられます。製造技術や素材も次第に進化して、履き心地は劇的に改善していったとはいえ、戦後から今に至るまでに無数の人に履かれ続けている革靴の形状(踵が高くてつま先が細い)が人々の足に与えた影響は小さくはないでしょう。
興味深いのは、革靴が生まれた場所でもあり、日本への流入元でもある欧州は、特に2010年代なかば以降、伝統的なシューズデザインをフットヘルスの観点から見直す流れが生まれる場所にもなっているということです。なかにはレザーのベアフットシューズをつくるブランドもあります。STRIDE LABで現在取り扱っているものでいえば、前回でも触れたSKINNERS、GROUNDIES、BLUSUNなどがあげられます。
日本にとっては、「西洋から来て、また西洋から来た(革)靴」。過去と現在、形を変えて上陸した靴について今回は考えてみたいと思います。
西洋人と靴
欧州での革靴作りの歴史は古く、中世にまで遡りますが、当初はいち産業としての革靴の生産体制は整っていませんから、ごく限られた人々ーー王族や貴族、裕福な商人ーーが靴をファッションアイテムとして使用していたと言われています。代表的なものはゴシック時代(12世紀から15世紀頃)に生まれたクラコウで、ポーランドが発祥と言われ、当時の首都である「クラクフ(Kraków)」にちなんで名付けられたと言われています。フランスでは同じ靴は「プーレーヌ」と呼ばれました。
この靴はつま先が細長く反り返っていて、長い時では14インチ(約35センチ)から1メートルほどにもなったと言われています。つまずかないために先端を膝に繋ぎ止めたりすることもあったようなので、道具としての機能性など皆無で、ただただ嗜好品・ステータスシンボルとして革靴が認識されていたのでしょう。
女性の間では高靴(厚底靴)が流行しました。プラットフォーム靴とも言われ、つま先から踵まで靴全体が台座などで底上げされた靴です。ヒールつきの靴が流行したのはそのあとの時代でした。男女ともに流行し、その背景には「クラコウ」とは異なり、機能的な理由がありました。当時の街路は公衆衛生の考えがなく、下水処理設備もないので、ゴミ、その他諸々のものが路上に散乱しており、足元を汚さないための工夫だったのです。同時に、そうした靴を用意することができるのは富裕層に限られていたため、社会的なステータスのシンボルでもありました。
ただそうした靴のヒールは、高いときでは30センチ程度もあり、手助けがなければすぐに転倒してしまうリスクも高かったようです。ヒール部のパーツも木製で体重の分散もままならず、人間工学的に優れた設計とは言えませんでした。
欧州で革靴が現在に近い形状で流通するようになったのは19世紀半ば頃と言われています。背景には機械による大量生産体制の実現がありました。日本に革靴が入ってきたのが幕末から明治にかけてですから、欧州でモダンな革靴のスタイルが確立したのと、日本にそれが上陸したのは歴史的にはほぼ同時期ということになります。
流行と理性
欧州で革靴の量産体制が確立されてから半世紀ほど経った1905年に発表された論文があります。
米国の整形外科医だったPhil Hoffman氏は靴を履いたことのない186人の足を観察し、靴を履いて生活している人との足の比較やアーチの状況、歩行様式の検証を行いました。
同氏は、靴を履く習慣があるグループでは足の前部が狭くなったり(外反母趾や内反小趾)、指、足首の可動域に減少が見られたりすると指摘。その上で、「文明的な靴が形作られる木型は、正常な足の輪郭に沿ったものではない」と結んでいます。
“文明的な靴”とはいわゆるつま先が細く踵が高くなった革靴のことを指していると考えられますが、そうした靴の形状は流行などの文化的背景からゆるやかに決定され、木型や生産体制が確立されて、流通していきました。
Hoffman氏は「流行は理性よりも強い影響力を持つ」とも書いていますが、まさにそのゆるやかな決定は、個人にとっても、身体的、心理的な影響をゆっくりともたらしていったということなのかもしれません。そのゆるやかな流れは、同氏の問題提起後も止まることはなかったということです。
2世紀後の再上陸
19世紀半ばに欧州でオーソドックスな革靴の生産体制が確立して2世紀弱。その革靴に、21世紀に入ってリデザインの波が来ています。
伝統的なレザーシューズメーカーは、踵が高くつま先が細い木型を維持しつつ、履き心地や意匠を追求してきたはずです。ビジネスシューズはその名の通りフォーマルなシーンに合っているからこそ使われ続けているわけですし、意匠の多彩さは服飾文化やものづくりの視点からみれば豊かな歴史の表れであることもまた事実です。
とはいえ、だからこそ冒頭でピックアップしたような、SKINNERS(2014年〜)、GROUNDIES(2019年〜)、BLUSUN(2024年〜)などが、フットシェイプのレザーシューズを作ることができたとも言えるはずです。伝統的な価値観への抵抗というよりは、選択肢が増えたということなのかもしれませんし、120年前にHoffman氏によって提起された問題がようやく形になったという言い方もできるかもしれません。
実は、先述したその論文の結論の末尾に日本人への言及があり、足趾(足の指)の広がりを圧迫しないグループの例として紹介されています。1905年当時は、日本に西洋式の革靴は間違いなく入ってきていますが、大半の日本人にとっては草履に代表される“はきもの”が一般的だったので、「現代のサンダル着用者(modern sandal-wearers)」と論文では呼ばれています。
歴史的にはつい最近まで、日本人は基本的にはベアフットで生活していた。それから120年あまり。ベアフットスタイルにリデザインされた革靴が、またもや欧州から入ってきていることはややおかしみもあり、靴の歴史を考える上で興味深いできごとではないでしょうか。
参照)
稲川實, 山本芳美.靴づくりの文化史 日本の靴と職人, 現代書館,2011,245p.
PHIL HOFFMAN. CONCLUSIONS DRAWN FROM A COMPARATIVE STUDY OF THE FEET OF BAREFOOTED AND SHOE-WEARING PEOPLES, The Journal of Bone and Joint Surgery, 1905, s2-3:105-136
